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第一章 初戦 2

明治27年・1894年・5月上旬、沖縄県・那覇・東村――


この時代、沖縄の人々は老若男女問わず、日本や中国のそれとよく似た服装をしていた。


ふくらはぎ丈から足首丈まで様々な着丈に仕立てられ、比較的ゆったりとした前合わせの長着のような着物を着る人々が多かったが、中には膝上丈の前合わせの上衣に、長ズボン状の琉球袴を組み合わせて身に着ける者なども入り雑じっており、皆草鞋や草履、下駄などを履いていた。


またこの頃、男女共に近代風の髪型をする者が増え始めていたが、男ならカタカシラという髷の一種、女ならカンプーという頭頂部で髪を巻く伝統的な髪型をしている人々も未だに多くいた。


そして、何よりもこの沖縄社会から前近代的な雰囲気を醸し出していたのは、そんな人々が行き交う街の景色だった。


街中を縦横無尽に貫く未舗装の通りには、様々な商売を行なっている木造建築の商店と、敷地を石垣に囲まれた伝統的な瓦屋根の琉球建築が建ち並んでおり、日本や中国を含めた他の東洋諸国に見られない独特な街並みを形成している。


そんな街のとある茶屋では、2人の男が白い湯呑茶碗でサンピン茶を飲みながら話をしていた。


男の1人は短い黒髪と鋭い眼差しが印象的で、鉛色の上衣と同色の帯、白い長ズボン状の琉球袴を身に着けていた。


もう1人の男は短い暗褐色の髪を逆立て、鋭いながらも大きく凛とした眼差しが若々しさを感じさせており、黄緑色の上衣と同色の帯、白い長ズボン状の琉球袴を身に着けていた。


2人の男の服装は、さながら現代の空手衣によく似ていた。


黄緑色の上衣を着た男は、白い湯呑茶碗を机の上に置きながら口を開く。


「ところで、守央(すおう)。俺らも警察からの依頼で頑固党の奴等に関する調査はかなりしてきたと思うんだが、国内に潜伏してる奴等は減ってきてるのか?」


「どうだかな……保安課の和田(わだ)課長が言うには、清に亡命した一部の士族達が独立運動のためにこっちへ戻って来てるらしいからな」
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