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序章 2

遠い昔、琉球王国にはティー(手)と呼ばれる固有の武術が存在し、武人達は日々鍛練に励んでいた。


時は流れ、大国・清と琉球王国の間で朝貢貿易が始まると、清から琉球王国へと伝えられた中国武術はトゥーディー(唐手)と呼ばれるようになり、武人達はトゥーディーとティーを合わせて鍛練するようになる。


それは、遥か昔から武人達が継承してきたティーの技法に変化をもたらし、琉球の武術が独自の発達を遂げる契機となった。


後の世で、「空手」と呼ばれることになる武術の誕生である。


やがて、この琉球の武術は、伝承の盛んな地域の名を冠して「那覇手(ナーファディー)」、「首里手(スイディー)」、「泊手(トマイディー)」の3系統に分かれたが、それら全ての武術の総称としてティーという呼称は依然残り続けることとなった。


一方、ティーの繁栄と同時に、武人達の間では新しい鍛練法も生み出された。


それが「掛け試し」、琉球方言で「カキダミシ」と呼ばれた自由組手形式の野試合である。


武人達は那覇の遊廓・辻に集い、ふさわしい相手を見つけ、暗黙のルールのもとでお互いに技を掛け合い始めたのである。


古参のティーの修業者達からはしばしば異端視されたカキダミシであったが、カキダミシは多くの英雄を生み、さらに多くの武人達がこの野試合に参加することとなった。


そして1894年、廃藩置県によって沖縄県となったこの地で、様々な思惑と陰謀が交錯するカキダミシがあった。


これは、空手の歴史から葬りさられ、誰にも知られることのなかった物語である。
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